2013年03月16日

べーベル広場の地下図書館(焚書記念碑)〜ノイエ・ヴァッヘ(中央慰霊館)

博物館島近くのベーベル広場。
ウンター・デン・リンデン通りを挟んだ向かい側はフンボルト大学、まわりには旧王立図書館、国立歌劇場など。

2013年ベルリン べーベル広場 焚書の記念碑  2013年ベルリン べーベル広場 焚書の記念碑

ベーベル広場から見たフンボルト大学。 そのベーベル広場は国立歌劇場改修工事により半分塞がってました。焚書記念碑はギリギリ、囲いの外。


2013年ベルリン べーベル広場 焚書の記念碑
  2013年ベルリン べーベル広場 焚書の記念碑

記念碑と、少し離れた場所に、地下にある本棚を覗くガラス板。記念碑には、1933年5月10日にこの場所で焚書があったこと伝える文と、左側にはハインリッヒ・ハイネの言葉。


2013年ベルリン べーベル広場 焚書の記念碑
  2013年ベルリン べーベル広場 焚書の記念碑

午後3時頃、ガラス板から覗く、空っぽの図書館。写真に撮るには少し暗くなってからの方がよかったみたいです。改修工事のクレーンや反対側の旧王立図書館が映ってしまい、中をもっとはっきり撮ろうと近づくと自分がくっきり映る、なかなか難しい時間帯でした。


2013年ベルリン べーベル広場 焚書の記念碑

旧王立図書館。レーニンがベルリンにいた頃、ここでマルクス、エンゲルスの著作を研究したとか。

ベーベル広場からウンター・デン・リンデン通りを渡ってフンボルト大学とドイツ歴史博物館の間にあるノイエ・ヴァッヘ(中央慰霊館)へ。


2013年ベルリン ノイエ・ヴァッヘ   2013年ベルリン ノイエ・ヴァッヘ

1816年に警護所として建てられ、1931年、共和国プロイセン州政府によって「世界大戦戦没者慰霊館」に、東ドイツ時代には「ファシズムと軍国主義の犠牲者慰霊館」に改築され、1993年、「戦争と暴力支配に対する記念碑(ドイツ連邦共和国中央慰霊館)」として再改築された、複雑な歴史をもつ記念碑。

2013年ベルリン ノイエ・ヴァッヘ


私は単にケーテ・コルヴィッツの像「死んだ子どもを抱く母親」(拡大レプリカ)を見たかっただけなんですけどね。
posted by くみ at 14:29| Comment(2) | TrackBack(0) | ベルリン 2013年2月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
東屋さま
はじめまして、三輪 義也と申します。
わたし自身のFacebookの記事にベルリンのことを書きましたが、そのコメント欄に、東屋さまの写真がとてもすばらしく、ふさわしいと思い、お借りしたいと思いますが、いかがでしょうか(ピエタの写真、2点です)。ご承諾いただければ、見本画像を送らせていただきますが...(添付する方法はなにかありますか?)
よろしくお願いいたします
三輪
Posted by yoshiya miwa at 2014年11月09日 23:49
三輪さん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
写真の件ですが、記事へのリンクがあれば、文章・写真の引用はご自由にどうぞ。
更新が滞っていますが、またいつかベルリンへ行けたらたくさん写真を撮ってきてUPしたいと思っています。
Posted by くみ at 2014年11月11日 00:29
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